八島高明の人相・手相教室2

良い人相と悪い人相の違いとは

『神相全編』の分類法が今から千年も前の当時の世相から作られたことが、その表現方法からも読み取れます。表現内容がどことなく古く、これをそのまま現代に応用するのは少し難しいでしょう。

 

ただ、現代人の私たちにもこの著書に書いてあるようなことは、理解できるものです。現代でも色んな人の顔を観察すれば、「寂しそうな顔の人」「怖そうな顔の人」「俗っぽい顔の人」がいますし、その反対に「清々しい顔の人」「高貴さを感じさせる顔の人」「裕福な印象を与える顔の人」がいることに気づきます。

 

『神相全編』の記述にこだわらずとも、人の相貌というのは、その人の内面を映し出したものとも言えるでしょう。『神相全編』では顔を大きく3つに分類します。目から上を「上停」といい、その下から鼻先までを「中停」、鼻先から下を「下停」と言います。それぞれ若年期の状態、中年期の状態、晩年期の状態とみます。この3停のバランスの取れた人は生涯にわたり福に恵まれると言います。そして3停に傷がないこと、歪みがないこと、粗野でないこと、そして血色が良いことを条件とします。

 

人相の占い方について

『神相全編』では、細かい点を見る方法として以下の点を記しています。

 

1)眉間・・肉付きが良く勢いがあれば成功する人。没落している人は貧困になる。

2)・・・鼻が眉間に向かって肉付きが良く、豊かならば財運を得る人です。

3)・・・清らかで光彩のある人は独力で成功する人。散乱した眉は財運の悪い人。

4)・・・黒目がはっきりとしていて、冴えている人は事業運の強い人です。

5)目下・・涙堂とも言いますが、ここの発達している人は子孫運が良いと言います。

6)あご・・あごの中央が丸く豊富な人は多くの人を使う人です。

7)目じり・・黒いにじみのある人は離婚を考えている人。ほくろは浮気心がある人。

8)目の間・・盛り上がって鼻に連なる人は文才のある人。勢いのない人は苦労が多い。

9)額の両端・・額が豊満で明るい人は家についての心配が要らない人です。

10)眉間の上・・高く隆起してきれいに輝いている人は、長いこと重要な地位に就く。

 

※このほかにも口の形、眉の形、目の形など、人相を見る上でのポイントが書かれていますが、なるほどと思わせる箇所もありますので、人相占いを勉強したい人は参考にするべきかもしれません。

 

手相占いの各線の意味は

次に手相占いを見ていきます。『神相全編』にも手相のことが書かれていますが、現代の日本で使用されている多くは西洋流の手相術です。『神相全編』の手相に関する記述はかなり漠然とした内容であり、現実感覚に乏しい面があります。そうした理由から西洋のリアリティーのある手相術が流行したのかもしれません。西洋の手相術では主要な7つの線があると言います。

 

1)生命線・・おもに健康状態、活力を表しており、ここに障害が出ると病気や事故の暗示とみる。

2)頭脳線・・個性的な能力、才能、仕事の分野を見る。

3)感情線・・人付き合いや情緒の安定性を見る箇所。

4)運命線・・人生における状態の変化、運の良し悪しが表される。

5)太陽線・・人気運や名誉、金運などを見る。

6)財運線・・商売の才能を見る。

7)結婚線・・結婚の時期や愛情問題などを見る。

 

手相占いの見方について

実際に手相を見る際は、各線の長さや状態(とぎれがないか、くっきりと出ているか、そして障害の線がでていないか等)を見ていきます。線がくっきりと出ているものが良く、切れ切れになっている線、薄い線はあまり良くないとされます。また線の上に「×」が出るのも良くないと言います。

 

手相には7つの主要な線以外にも、さらに細かい部分を読む線がたくさんあります。ここではとても紹介しきれませんが、手相はまさに「習うより慣れろ」というような、個人の長年の経験的な感覚が大事な占術と言えるかもしれません。ですから手相で人の運命の概観を知るには、かなり長い経験が必要なようです。

 

東洋の手相と人相の始まりとは

さて、この潜在意識を読み取る占術が、どのくらい前から使われてきたのかを考えて見ましょう。まず、人相占いに関して言えば、日本で使用される占術の多くが中国起源であることを思い出せば、この人相術も同じように中国起源ということになります。

秦や漢代(前202~後220)の医学書であった『皇帝内経素問』や『皇帝内経霊枢』にも人相の記述がみられます。ただ現代で使用されている人相占いに関しては、五代(907~960)と宋(960~1279)に活躍した道士、陳希夷(~989)の『神相全編』が始まりとされています。この人物は中国の神秘宗教ともいえる道教の行者であり、人相占いや手相占いの達人とされた人です。そしてその占法をまとめたのが『神相全編』です。

 

この本が日本に輸入されて江戸時代に相法が隆盛となるのです。大阪の名観相家として名を挙げた水野南北(1760~1834)もこの著書によって相法占いの世界に入ったと言われます。また明治期に画相法を確立した林文嶺、「黙って座ればピタリと当たる」の名言を残した桜井大路らの達人によって人相占いが一般に広まっていきました。では、この続きは次回にやりましょう。

 

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2022年06月14日